三成の戦とは

三成の戦とは

あいさつ
奉公頭

三成の戦とは

三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」と謳われた名城・佐和山城跡を有する彦根市で、我が殿「石田治部少輔三成」(以下、殿)をお慕いする有志により、続けられて来た…。

まぁ、いわば殿の顕彰活動を行う団体です。

先日、関ヶ原合戦以降、現在絶賛逃亡中の殿とミーティングを行いまして、この度「三成の戦」のサイトを立ち上げることとなりました。

事の経緯についてこちらでご説明しておこうと思いますので、少し長文になりますがお付き合いください。




石田 三成(いしだ みつなり)は、安土桃山時代の武将・大名。
豊臣家家臣。佐和山城主。
そして、私たち三成の戦の殿。
秀吉に才知を認められて五奉行の一人となり、太閤検地など内政面に活躍。
文禄4年(1595)近江佐和山城主となり19万4千石を領したが、秀吉の死後、関ヶ原合戦で徳川家康に敗れ、処刑された。


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プロローグ1

えー、正しい日付で言えば、関ヶ原合戦は西暦1600年10月21日

つまり関ヶ原合戦が終了してから418年の月日が流れ、我が殿「石田三成公」もちょっとした旅気分で全国各地を逃亡中でした。

ご存知の通り、殿も逃亡中ではありながら、ここ数年はゲームのキャラクターになったり、「関ヶ原合戦」が映画になったりと大忙しの毎日。

ゲームのキャラクターは毎回、相当イケメン

さらに映画になっても日本のトップアイドルが主演を果たしたりと、頭蓋骨が発見され素顔が知れておる殿としては、なんともこそばがゆい気分だそうですが・・・

正直、見ている限りかなり喜んでいる様子ですwww

特に最近、我らが「三成の戦」が拠点を置く彦根を含む滋賀県では、かなり殿に対する啓蒙活動が盛り上がりを見せております。
2016年には全国で初めて、滋賀県と殿とタイアップしたポータルサイトが立ち上がりました

さらに滋賀県は、県民の貴重な税金を使用して、殿のCMをBBC(地域のテレビ局、英国放送協会ではないぞ。)風に制作。

それが広告業界最大級のコンテスト「ACC CM FESTIVAL」で、応募作品1776本の応募中から金・銀ダブル受賞を果たすなど奇跡的な盛り上がり。
殿もあれ以来、乱髪甲冑のシャンプーとトリートメントは欠かせなくなったそうです。

 


プロローグ2

そんな盛り上がりを見せる滋賀県ですが、先日殿からどうしても聞いて欲しい話があるとのことで、招集がかかり緊急MTGを行いました。

その内容とは、「現代を生きるもっと多くの民に関ヶ原合戦の意義と、複雑な事情を知ってほしい」ということでした。

先ほども申しましたが関ヶ原合戦が終わり、はや四百年以上。

殿はもはや、あの合戦を再度画策し、徳川殿から勝利を収めようとは考えてはいないそうです。

当時の戦友で、先ほど「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近に佐和山の城」と謳われた島左近様も、今では分身の猫キャラが登場し知名度も随分とアップ。

ゲームなどでは殿とセットでの出演されることもおおく、毎日好きな剣術に汗を流しながら悠々自適な生活を送っておられるそう。

もう一人の親友、大谷刑部さまも持病の温泉療養を続けながらも、ソースカツ丼と海の幸で腹を満たす毎日。


そんな彼らをまた戦に引きずり込むなんて・・・平和主義の殿にとっては真っ平御免。

それよりもなぜあの時、豊臣家をめぐり、何がどうなって関ヶ原合戦をすることになったのか・・・。
それをしっかりとみんなに知ってもらいたい。

殿にはあの合戦を通じてみんなに届けたいメッセージがあるそうで、それを伝えないうちは「死んでいるけれども、死んでも死に切れない!」とのこと。

先日も日光東照宮で、殿と大御所家康様と飲んだ時、「みっちゃんよ、あの時は悪かったね」なんて談笑しながら釜揚げしらすつまみに二人で話しあった。

その時も「やはり勝ち負けではなく、なんで二人が戦うことになったのかをもっと知ってほしいよねー」という話でかなり盛り上がったそうで。

あの時、のっぴきならない事情から殿を裏切ってしまった、小早川秀秋様に至っては会うたびに殿に相当気を使ってくれるよい好青年で、すっかり仲直りも果たしたそう。

そんな間柄だけに、もう皆を巻き込み戦をおっぱじめようとは思っていない。

しかしあの時、秀吉様亡き後、大きく揺れ動く豊臣政権の内部抗争から発展した「関ヶ原合戦」。

これは日本史上最大級ヒューマンドラマ

あの時の皆の思いや、あの戦の持つ意味や真実を、もっと広く国民の皆さんに知ってほしい!!! と熱く語っておられました。

 


プロローグ3

そんな、熱い想いにさらに火をつけたのが最近滋賀県で活発になって来ている「三成会議」の活動。

2018年秋には長浜・米原・彦根の3市の市長が、揃って殿のデザインされた三成タクシーに乗り、NHKまで殿を大河ドラマに取り上げてくれるよう嘆願しに上京した。

確かに殿が大河ドラマになれば1年間にわたって、関ヶ原合戦の意味を、複雑に絡まりあった皆の思いを十分に伝えられるまたとないチャンス!

…しかしNHKとの交渉はそう簡単には行かず、すでに2度の嘆願でもいまだ決定となならない様子。

領民の「義」に溢れた活動を見た殿は、もういてもたってもいられなくなり「今、この義に応えずして、なにが石田三成か!!!」と鼻息荒く緊急招集をかけた・・・というわけです。

 


プロローグ4

もちろん、殿を応援する「三成の戦」としては、この思いになんとか応えるべく緊急招集以来何度も軍議(MTG)を開催。

両手両足をバタバタさせながら、
「儂を応援してくれている多くの民の義のため、儂を、いや戦に敗れたものの目線から『関ヶ原合戦』の意義を、ぜひ大河ドラマにしてほしい。
そのためには儂一人の力では力不足。。。
多くの民の協力がなければ、儂はまた敗れてしまう!

そう熱く語る殿に思いを同じくした私たちは、関ヶ原合戦に学びまずは多くの仲間を集めることにしました

そのためには現代の最大の武器「インターネット」を使い、広く全国、いや、全世界から殿の力になってくれる、サポーターを集め、殿の声を天下のNHKに届ける事にしました。

しかし、勘違いしないでほしい。
殿にとって大河ドラマに取り上げてもらうことは、大きな目標の第一歩に過ぎない。

大河ドラマとなり、殿の生き様を多くの民に見てもらうことで、日本人が忘れかけている「義」の心と、「己を貫く強さ」を思い出してもらいたい

そして、その思いを感じに佐和山の地に一人でも多くの人に来てもらいたい。

これは、殿と殿を愛するもの全員の「始まりの戦」なのだ。

どうか私たちに力を貸してください!



 


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